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スイスから発信する日本酒のある新しいライフスタイル

2018年4月より、日本の皆さまにスイスの最新ビジネス情報をお届けする、ジュネーブ在住のコンサルタント栗崎由子氏によるコラム掲載を始めます。日本企業、国際機関、多国籍企業などの勤務を経て約30年間に亘り欧州に暮らし、現在はコンサルタントとして活躍する栗崎氏が、現地の情報を日本人ビジネスパーソンの視点で捉えます。スイスのビジネス環境やビジネス文化、日本とのギャップや意外な類似点など、毎回さまざまな切り口でスイスでの事業展開に役立つヒントをお伝えいたします。第1回は「スイスから発信する日本酒のある新しいライフスタイル」。日本酒の魅力を学んだスイス人が、スイスで日本酒の普及に挑みます。

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スイスで日本酒の展開を試みるマーク・ニーデガー氏(筆者撮影)

マーク・ニーデガーさん(38歳)は日本酒の豊かさと奥深さに惚れ込んだスイスの若者だ。2013年に雫(しずく)という会社を設立、初めはオンラインで、その後shizuku Storeというお店を持って日本酒の販売と普及活動を行っている(www.shizuku.ch/en/)。
 ニーデガーさんのビジネスは販売だけにとどまらない。彼は日本酒を取り入れた新しい食のライフスタイルをスイスの人々に提案しようとしている。
 そういう彼の姿には、先入観に囚われず新鮮な目で日本酒を見つめ直し、新しいものを生み出す自由な空気がある。
 自身もスイス人でスイスが大好きというニーデガーさんに、日本酒に興味をもったきっかけ、その魅力と面白さ、そして食という誰にとっても最も変え難い習慣の中に日本酒をどうやって根付かせようとしているのか、お話しをうかがった。
 (このインタビューは日本語でおこなった。ニーデガーさんの日本語がどれほど達者かおわかり頂けよう。)

自分の知らない文化を学びたかった
ニーデガーさんが初めて日本に行ったのは高校生の時だった。母親と二人の家庭で育ち、母を助けて勉強と仕事に忙しい日々を送って来たので、1年休憩したかったのだ。
 AFS(American Field Service)に応募したところ三つの国が候補となったが、その一つが日本だった。日本を選んだのは文化が全く違うだろうと思ったから。特にマンガが好きだったわけではないという。
 留学先は名古屋の高校だった。初めは言葉が全くわからなくて「まるでZenだった」。課外授業で先生が教えてくれ、自分も独学した。若かったせいか上達は速かった。
 スイスに戻りチューリヒ大学東洋研究学科に進学して日本語、経済と国際法を学んだ。そこを進学先に選んだ理由は、奨学金を貰って1年留学する制度があるから。25歳の時、その夢を叶えて早稲田大学に留学、日本語を勉強した。
早大時代は、名古屋時代の友人たちと共同で東京で家を借り、生活した。留学生の多くは自国の出身者と一緒に住む傾向があるなか、ニーデガーさんは敢えて日本の友人たちと暮らした。
 東京の家には同居の友人だけでなく、そのまた友人たちも出入りして、よく皆で食事の支度をした。ニーデガーさんはそこで日本料理を覚えた。日本酒を知ったのもその料理作りを通してだった。

日本酒が全くわからなかったから興味を持った
ニーデガーさんは日本酒をそれまで全く知らなかった。だからこそ興味を持ったという。どんな食べ物と合うか、遊びの感覚で次々に試しては楽しんだ。
 その経験が今の仕事に生きている。チューリヒに戻ってからは学業の傍ら日本食レストランで働いて和食を学び、スタッフ教育まで担当した。また卒論のテーマには日本酒を選び、京都や東京から資料を取り寄せて研究した。
 そういった研鑽の結果、日本酒のうまみの成分は大変多様なこと、どんな食べ物にもそれに合う日本酒が必ずあることがとわかったという。鮨を食べない人にも合う日本酒、脂っこい、時には塩辛いスイスの料理にも合う日本酒があるとニーデガーさんは言い切る。
 賞味期限がないことも日本酒の特徴だ。酒を寝かしておくと味は変わるが、品質が劣化するわけではない。美味しくなる可能性もある。ニーデガーさんは今もその実験を続けている。

日本酒をスイスの食習慣に馴染ませるチャレンジ
日本酒はスイスではまだまだ普及していない。値段はワインよりも高く、日常生活用には手が届きにくい。その上食習慣とは保守的なものだ。
 それら壁を乗り越えるため、ニーデガーさんは日本文化や食品をテーマにしたイベントに参加するなど、多くの人に知って貰う努力を続けるほか、日本酒の良さを理解しお客に勧める人を育てている。
 例えば彼は日本酒を供するレストランのスタッフを対象に、日本酒の勉強会を頻繁に開いている。大抵はランチとディナーの間に店を閉める数時間を当てているが、熱心なソムリエなどが参加する場合は日曜日に開くこともあるという。日曜日には店もレストランも例外なく閉まるスイスで、これは画期的なことだ。それはきっと日本酒を知ろうとするお酒のプロが増えてきた兆しだろうと、ニーデガーさんは思う。

日本酒の未来
本家の日本では日本酒の消費量は年々減少しているが、ニーデガーさんは気にしない。明確なアイデアがあるからだ。
 「将来の消費者は今の若者たちだ。その人たちに、日本酒は高品質で素敵な飲み物だと思って欲しい。また日本の蔵元にも若い杜氏が育ってきて、若い感覚で酒造りをする人が増えている。この傾向を追い風に、今まで日本酒につきまとっていた“酔っぱらいオジサン”のイメージを払拭したい」とニーデガーさんは語る。
例えば彼は、冷やした日本酒にはぐい飲みでなくワイングラスを勧める。その方が香りを楽しめるからだ。純米大吟醸のようなフルーティなお酒には特に。
 なるほど、確かにワイングラスを使うだけで日本酒のイメージは随分変わるだろう。
 ニーデガーさんは更に先の未来まで見ている。和食の枠から離れて日本酒をスイスに広めたい。例えばカクテルのような、今までに無い日本酒の飲み方を提案したい。そうやって、日本酒と共にある、新しいライフスタイルを作りたい。
 新しいことだけではない。ニーデガーさんは自分の知識と経験を、日本人がスイスで行う日本酒の普及、啓蒙活動にも生かしたいと思っている。時折大使館で日本の食文化のイベントなどが催されるが、そういう機会を通して自分の国、スイスに日本酒を紹介する力になりたい。

チャレンジは続く
ニーデガーさんは、日本には小さくても良質な酒を生産する酒造家が沢山あるという。今までそういう蔵元と色々な縁で知り合い良い、自分の扱う日本酒を一つ一つ開拓してきた。
 また商品の発注は数ヶ月先の販売量を見通してコンテナ単位で行わなければならないが、これが難しいそうだ。
チャレンジは続くが、苦しいときには笑顔でいたいとニーデガーさんはいう。自分でもう無理、と思ったら終わりだからだ。
 この仕事に必要なのは、忍耐と情熱。自分は一滴づつ日本酒の仕事を育てて行くと語るニーデガーさん。会社と店の名前の「雫」には彼のそういう思いが籠もっている。

 その雫が、やがてスイスの人々の食のスタイルを潤すようになることを祈りたい。

 

 

日本発グローバル人材育成、国際交渉コンサルタント、オンラインセミナー地球市民塾主宰 栗崎由子(くりさき よしこ)
日本電信電話(株)(
NTT)に勤務後、1989年より渡欧。経済協力開発機構(OECD、パリ)SITA(本社スイス)にて230余国を相手に国際ビジネスの第一線を経験。2014年よりスイスで独立、スイス企業に日本との異文化マネジメント、日本企業向けにグローバル人材育成、国際交渉コンサルティングを提供している。同時にスイス、日本で各種人材啓発活動をボランティアで多数企画、支援。NTTユニオン機関誌に「欧州ICT社会」連載中。
ウェブサイト: https://jp.geneva-kurisaki.net/事業紹介 コンタクト:  yoshiko.kurisaki@gmail.com

 

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