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学び続ける人こそイノベーションの泉、ビューラー社

2018年4月より連載中のスイス最新ビジネス情報をお届けするコンサルタント栗崎由子氏によるコラム。第3回は「学び続ける人こそイノベーションの泉、ビューラー社」。若い人材の育成に注力し、結果として多様性溢れる人材を確保することで創造されるイノベーション。歴史あるスイス企業が掲げる明確な経営理念を実現する人材政策とは何か。人件費投資を惜しまず発展を続けるビューラー社のグローバル人事部長がインタビューに応え、同社の人材哲学を語ります。

ビューラー社 キュービック イノベーション キャンパス (ビューラー社提供)
ビューラー社 キュービック イノベーション キャンパス (ビューラー社提供)

 スイス産業界の友人から、15−16歳の若い実習生たちを半年中国などの外国に送って実習させる会社があると聞いた(写真1)。(註:ここでいう「実習生」とはスイス独特の職業訓練制度を指す。実習生は身分は社員ではなく職業学校の生徒だが、週に3−4日間受け入れる企業で仕事をしながら現場で技能を身につける)
 実習生は社員ではない。社員でもない人たちを半年も外国に送る?どんな会社だろう?
 スイスの企業は世界を市場にしているため国際ビジネスの出来る人材は常に必要だ。また、スイス企業が国際競争力を維持するために絶え間ないイノベーションを続けていることは周知の事実だが、イノベーションもやはり人に負う。とはいえなぜそこまでの投資をするのか?そこにはどんな経営哲学があるのだろうか?
 その会社、ビューラー社(Bühler Group, https://www.buhlergroup.com/global/en/home.htm)のグローバル人事部長ディパク マネ氏(写真2)にお話しを伺った。

ビューラー社について
 ビューラー社の創業は1860年、今日まで150年以上に亘り創業家の所有する会社として発展してきた。
 ビューラー社の元来の強みは穀物の製粉に使用するロールの鋳造技術だったが、その優秀な技術が高い評価を受けて世界市場で発展を遂げ、トップ企業の地位を確立した。同時にその周辺、応用産業にも事業分野を着実に拡大した。その結果現在ではビューラーの提供する技術やソリューションは、世界中の20億人の人々に健康的で安全な食料を供し、10億人のモビリティを支えている。
 現在では「穀物、米、カカオ、コーヒーなどの食品原料から、中間製品、最終製品となる食品および家畜用飼料にいたる食品加工産業に不可欠な機器やソリューションを提供している。」(出展:https://premium.ipros.jp/buhlergroup/)更に持続可能なモビリティと健康な食品の確保に向けた包括的なソリューションまで事業分野を発展させつつある。

国際市場で競争力ある会社であり続けるため人事部門としてどのような方針を持っているか?
 二つのことが最も重要だ。
 まず、目的意識、つまり技術を何のために使うのか常に意識しつづけること、つまりより良い世界を創るためのソリューションを生み出すということだ。我々は健康で安全な食料の生産を可能にし、自動車の燃費効率を向上させ、視力を向上させているだけでなく、電気通信の発達を促し、建物の経済性を向上させている。このような目的意識を我々は創業以来大切にして来た。二番目が利益の確保だ。我々は事業者として長期的に利益を上げていかなければならない。
 また世界市場で競争力のあるスイス企業としては持続可能性に寄与することを特に重視している。
 そこに家族経営の利点が加わる。我々のビジョンであるより良い世界のためにソリューションを提供すること、及び品質、イノベーション、顧客との密接な関係とパフォーマンスという4つの価値を指針として、経営陣が己の経営理念を強く打ち出せるうえ、迅速な決断ができる。
 その経営理念を実現するのが人材政策だ。人事政策の中でも、採用、動機付け、社員の定着政策は経営理念に直結する。
 我々はいつも一級の人材を探している。どういう人を常に探しているか具体的に言うと、常に自分を磨き、仕事の改善に関心を持つ人々だ。そのような社員は一生涯研修を続けて自分を向上させ続ける人だ。
 我々は、学びの会社と言える。まるで大学のように。
 研修への投資額も大きい。ビューラーの人件費の1%は研修に使われているが、2020年までにこれを2%に上げる予定だ。金額にすると6-9百万スイスフランを毎年研修に投資している。
 現在1年に付き一人1.85日の研修を行なう勘定になるが、2020年にはそれを2日に増やすつもりだ。
 実習生(15−16歳の青年男女)に限ってみると、職業人に一歩踏み出した実習生の研修、訓練には100年の歴史がある。その総数は7,700人に上る。
 実習生を海外拠点に送る研修プログラムは約10年前に始まった。毎年ビューラーが受け入れる約600人の実習生は研修の一環として数ヶ月間、色々な国に送られる。スイスの実習生たちは外国で働く経験を積むことが出来る。例えば、オーストリア、中国、インド、ブラジル、南アフリカなどでだ。

なぜそのような人事政策をとるのか?研修により技能を身につけた社員はより良い給料を求めて転職してしまわないか?
 研修と社員教育の奨励はビューラー社にとっては良い結果をもたらしている。ビューラーの社員の定着率は高く、73%に上る。また実習生としてビューラーが受け入れた人材の内1,000人がそのまま社員として正式に就職している。
 若い人々が故郷を出て文化の異なる人々に出会って来ることで得られる経験や動機付けには非常に大きな価値がある。外国に行った実習生たちにとっては、それが後年国際ビジネス分野でのキャリア開発の土台となっている。
 研修、訓練の機会の多い会社に残りたい人は多い。彼、彼女らは自分の技能向上や、マネジメントなど新たなスキルを身につけることが出来るからだ。若い実習生たちは勤続年数の長い先輩社員がどのように自分を伸ばしているのか目の当たりにし、そこに自分の将来の姿を重ねる。そして自分もこの会社で働き続けたいと思うようになるのだ。

このような研修、訓練制度から会社は何を得ているか?
 我々はイノベーションに不可欠な要素であるダイバーシティとインクルージョン(D&I)を大切に考えている。多様な人々が混じって共に仕事を進める仕組みがビューラー社にはある。
 確かに実習生を数ヶ月外国に送るのは高額な投資だ。しかしそのリターンは大きい。彼らはヨーロッパと全く違う文化や言語、そして市場のニーズを現場で体得してくる。
 実習生の海外派遣は国外に送り出すだけのプログラムではない。我々は実習期間中に遠隔研修プログラムを提供し、彼、彼女らがスイスの本社と繋がり続ける仕組みとしている (註:ClassUnlimitedという)。今はスイス本社と中国の間だけで実施しているが、他の国にも拡大する予定だ。
 このような実習は会社のコア、「中核をなすもの」だ。彼らは目的意識(sense of purpose)を磨くために、スキルとリーダーシップを身につけるのだ。
 我々は短期の投資効果(ROI)を期待してはいない。しかし長期的な視野で見ると得るものは大きい。我々はすぐれた人材を得ているが、そういう人々こそが会社の真の資源だ。
 我々はどうすれば社員の能力を向上させられるか、常に考えている。その手段は研修に限られない。
 研修は長期に亘る投資だが、それを承知で今も我々は研修科目を増やし続けている。
 研修の対象は将来経営者と嘱望される一部の社員だけではない。全社員を対象としているところが我々の人材哲学の特徴だ。

人事部としてどのようにイノベーションに貢献するか?
 イノベーションの誕生にはそれを可能にするエコシステムが必要だ。言い換えると単体ではなく様々な要素の連鎖ということだが、人事部の活動もその一部だ。例えば社員同士の交流を活性化するオフィス環境を整える、大学との共同研究体制を構築する、大学の研究プログラムに協賛するなど、色々な方法をとっている。
 また社内にはイノベーションのコンペ(「イノベーションチャレンジ」)があり、世界各地のグループ拠点から2,000人以上の社員が参加する。これは社員総数の15%という大きな数字だ。
 我々はマーケットがまだ気付いていないニーズを見つけなければならない。CTO(最高技術責任者)は99%の知識は社外にあるといつも言う。我々は常に良いアイデアに巡り会う道を探し続けなければならない。そのために我々はスタートアップ企業も含め、社外の人々との協働を続けるつもりだ。

未来のビューラーはどうなりたいと考えるか?
 我々は社員にとって世界一働きたい会社でありたい。それがどんな会社か、若い社員は良く知っている。彼、彼女らは何か社会的な目的を持つ会社で働きたいと思っている。自分の働く会社が気候変動の悪影響の防止、何か人を助けることに貢献していて貰いたいと思っている。社会貢献はビューラーの伝統だ。
 研究開発への投資も続けたい。インダストリー4.0の先を行くことは、我々が描く未来の一部に過ぎない。
 世界的な視点でいうと、ビューラー社は常に同じ産業界の先頭を走っていたい。

 2019年初頭にキュービックイノベーションキャンパス(写真3)という新たな施設が開設される。これは5000万スイスフラン(約57億円)の投資の結果だ。
 キュービックイノベーションキャンパスは我々にとって産業界全体への貢献だ。イノベーションへの貢献としては今でも「ネットワーキングデー」といって、自社工場などを公開し、社外の人々を招くイベントを行っている(写真4)。これは人々とアイデアが相互に繋がることを可能にし、社内外の人々との協働のきっかけとなることを目的としている。キュービックの開設で、その活動を恒常的に行うことができるようになる。

 

取材後記
 企業の根幹は人とは誰もが考えるが、ビューラー社ほど社員に多様な世界を体験する機会、一生を通じて研修する機会を設けている会社は少ないのではないだろうか?社員に広く研修の機会を与えるからこそ、個々の社員の視野が拡がり、最終目的を考え抜いた物づくりが出来るのだと思える。
 D&Iがイノベーションに不可欠ということは広く知られている。ビューラー社の場合、D&Iを担う人材のモチベーションが高く、そのような人々同士が協働する仕事の環境のあることがイノベーションを可能にしているといえよう。

 

日本発国際人材育成、国際ビジネスコミュニケーションコンサルタント 栗崎由子(くりさき よしこ)
NTTでマーケティングと国際ビジネス開発を担当後、1989年より約30年間欧州在住。経済協力開発機構(OECD、パリ)、SITA(ジュネーブ)で230国以上を相手に国際ビジネスの第一線を経験。どこでもたったひとりの日本人という環境に鍛えられ、異文化マネジメント、国際交渉力を養った。現在は企業や個人の国際コミュニケーション研修、コーチングを行っている。また自主企画として、オンラインセミナー 地球市民塾を毎月主宰している。
ウェブサイト: https://jp.geneva-kurisaki.net/事業紹介 コンタクト:  yoshiko.kurisaki@gmail.com

 

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