カテゴリーの選択
ニュース

スイスという国のかたち③ - グローバル企業がスイスに本社を置き続けるワケ。税制だけではない本当の強み

磯山友幸氏のコラム「スイスという国のかたち」第3回。今回はグローバル企業がスイスに拠点を設ける際に重要視する点を掘り下げています。欧米の企業がスイスを選ぶ際に最も重要なこととは何か。企業文化の異なる外国企業ならではの「スイスに本社を設ける理由」は、今後グローバル展開を目指す日本企業の皆様にも納得の内容ではないでしょうか。

 

グローバル企業がスイスに本社を置き続けるワケ。税制だけではない本当の強み 

  スイスの産業というと金融や観光業などを思い浮かべるに違いない。あるいは時計や機械、チョコレートなどの食品だろうか。だが、世界の名だたる大企業が欧 州本社を置いていると聞いて、意外に思われるのではないか。デュポンやヒューレット・パッカード、マクドナルドにヤフー、グーグル、テトラパックなど、名 前を挙げればきりがない。日本企業でもJT(日本たばこ産業)が日本国外の事業を統括するJTインターナショナルをジュネーブに置いているほか、日産自動 車も欧州本社をフランスのパリからスイス・ヴォー州に移した。
 もちろん、スイス発祥の企業もグローバル規模に成長してもスイスから本社を移すことはない。食品のネスレや医薬品のノバルティス、ロシュ、金融のUBS、クレディスイスなど。日本人が知っている企業もたくさんある。
 では、なぜこうした企業はスイスに本拠を置くのだろうか。
 少し経済に詳しい人なら、スイスは法人税率が低いから、と答えるに違いない。確かにそうである。
 日本貿易振興機構(JETRO)の調べでは、スイスの法人税率は連邦税が一律8.5%。これに州税や地方自治体税が3~21%加わる。州や地方自治体は、資本に課税する資本税も課しており、その税率は0.1~5.25%だ。実効税率は12%~24%と言われている。
  日本でも法人税率の引き下げが大きなテーマになっているが、2016年度の法改正後でも31.33%にとどまる。財務省の比較によると、ドイツは全国平均 で29.66%、フランスは33.33%だから、スイスは圧倒的に低い。しかも、進出する外国企業には優遇措置があるほか、税務当局と適用税率などの交渉 を行うことが可能で、欧州本社をロンドンなどからスイスに動かす企業が多いのはこうした影響が小さくない。
 だが、税率の低さだけが企業が本社を置き続ける理由ではない。
  最大のポイントが人材確保だ。本社機能の場合、求められる人材はビジネスパーソンとして経験を積んだ技能レベルの高いホワイトカラーである。工場と違っ て、生産コストを下げるために、人件費の安い国々に出ていくのとは訳が違う。いかに能力の高い人材を確保できる場所かが、ポイントになるのだ。
  人材に求められるスキルのひとつが語学。欧州本社の場合、欧州域内だけでも様々な言語を使う国が存在する。共通語は英語だとしても、多くの言語を操るマル チリンガルが求められる。もともとドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つを公用語と定めているスイスのこと。複数の言語を話せる人 材には事を欠かない。この点、周辺国のイタリアやフランスとは大きく異なる。
 もうひとつがグローバル企業での経験。同じ社内に多様な文化が混在 する企業は、業務の流れや社員同士のコミュニケーションなどが大きく異なる。その点、スイスにいる人材の多くはマルチカルチャーな企業での勤務経験を持つ チャンスに恵まれている。企業からすれば、国際的な風土に馴染んだ人材が確保しやすい場所なのだ。
 米国など海外企業が欧州に拠点を置く場合、大きなネックになるのが、米国人幹部が海外赴任を嫌うこと。行く先々の風土の違いなどから、家族を連れて移り住むことに難色を示すというのだ。その点、辞令一枚での海外赴任が当たり前のように行われている日本企業と大きく違う。
  その点、スイスは米国人に人気の土地だ。生活の質、いわゆるクオリティ・オブ・リビングが高く、オフタイムや家族の生活が豊かになる、という見方がされて いるようだ。さらに犯罪が少なく安全なことや、インターナショナルスクールなど学校教育が充実していることも重要なキーファクターだと言う。
 米 国のコンサルティング会社大手マーサーがまとめている「生活の質の世界都市ランキング2014」によると、最も質が高いと評価されたオーストリアのウィー ンに次いで、スイスのチューリヒが2位になった。ちなみに3位はニュージーランドのオークランド、4位はドイツのミュンヘン、5位はカナダのバンクーバー である。チューリヒはこの手のランキングで常に上位に顔を出している。
 もちろん、欧州の真ん中にあるという地の利も大きい。チューリヒから縦横に伸びる鉄道網は欧州域内を移動するにも便利だ。もちろんチューリヒ空港は欧州域内のハブでもある。
  問題は生活費の高さ。今年に入ってスイスフラン高が一気に加速したこともあり、ドルやユーロ、円でみた生活コストは大きく上昇している。逆に言えば、スイ スに居住してスイスフラン・ベースで給料をもらえれば、強い通貨を手にできてハッピーということになる。実際、国境を接するドイツやフランスからスイス企 業に働きにやってくる人が増えている。これもスイスの人材層の厚みに拍車をかけているという。
 欧州の主要都市はこぞって企業の立地拠点獲得に動 いている。大企業がオフィスを移せば、税収が入るだけでなく、雇用も生まれる。それだけに各国とも優遇税制を導入するなどインセンティブを与えることに必 死だ。だが、税率競争はいずれ限界が来る。そうなれば、本当の勝負は、働く人たちに選ばれるかどうか。クオリティ・オブ・リビングでのスイスの強さはそう そう簡単に崩れることはないだろう。

 

元日本経済新聞社 チューリヒ支局長 磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

1962 年生まれ。早稲田大学政経学部卒。1987年日本経済新聞社入社。証券部記者、日経ビジネス記者などを経て2002年~2004年までチューリヒ 支局長。その後、フランクフルト支局長、証券部次長、日経ビジネス副編集長・編集委員などを務めて2011年3月に退社、経済ジャーナリストとして独立。 早稲田大学大学院非常勤講師、上智大学非常勤講師なども務める。

 

 

もっと読む
共有する

関連コンテンツ