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スイスという国のかたち⑧ - 危機の時ほど光るスイスという国の「ブランド力」

磯山友幸氏のコラム「スイスという国のかたち」第8回。日本人にとって「スイス」とは、美しい山々、チーズなどの食品、時計などに代表される高級品、永世中立国などの独自制度など、これらのイメージは古くから定着し、欧州内の一国としてのブランド力は比較的高く保たれているように受け取れます。近欧州情勢が揺れ動くなか、近年のスイスの「ブランド力」はどのように変化を遂げているのでしょうか。変わりゆく社会で欧州内の拠点候補地として新たに見出される「スイスブランド」の魅力をご確認ください。

Swiss flag

危機の時ほど光るスイスという国の「ブランド力」

観光やビジネスなどで海外に出国した日本人の数が昨年、4年ぶりに増加した。日本政府観光局(JNTO)のまとめによると2016年1年間の出国日本人数は1,711万人余りと前の年に比べて5.6%増加。2012年の1,849万人をピークに減り続けていたものがようやく底入れした格好だ。
日本へやって来る外国人は2,400万人と過去最高を更新し続けている中で、日本人の海外旅行が減っていたのは、円安で旅行代金が割高になったことや、企業の経費節減が続いていたことなどが理由とみられた。「日本人の若者が内向きになった」と言った解説もみられた。
それが増加に転じたのは、景気が徐々に底入れしてきたことや、企業業績の好調が背景にあるのだろう。若者が海外に目を向けるようになったのかどうかは分からない。
そんな中で、スイスを訪れる日本人は増えているのだろうか。
スイスは日本人の人気旅行先のひとつだ。日本旅行業協会の統計では、日本人の旅行先の国別ランキングとしては世界で20位。2012年で300万人が訪問している。GDP(国内総生産)の国別ランキングでスイスは20位前後だから、経済規模相応の訪問者数とみることもできるが、実際には欧州の他の国から入国したり、宿泊せずに観光地だけ訪ねて国外に出るケースもあり、なかなか統計で正確な訪問者数はつかめない。
スイスを訪れる日本人の憧れは、何といってもスイス・アルプスの美しい景観だ。「一生に一度は行ってみたい」と思っている人が多いに違いない。スイスと言って日本人が思い浮かべるのは、アルプスのほか、チョコレートやチーズ、高級時計、アーミーナイフといったところだろうか。永世中立国、国民皆兵、銀行守秘義務といった独自の制度を思い浮かべる人も多いに違いない。「スイス」のイメージは、美しさ、安全・安心、独立性、高級品といったもので、スイスという国自体が一種の「ブランド」になっている。
筆者は、新聞社の支局長として、2002年から2年間、スイス・チューリヒに駐在、その後の2年半も隣国ドイツのフランクフルトからスイスを取材する貴重な経験を得た。その成果を『ブランド王国スイスの秘密』(日経BP社)という著書にまとめたが、発刊から10年がたつ。スイスという国を「ブランドの強さ」に着目して解説した本で、いわゆる高級品の「ブランド」だけではなく、スイスに拠点を置くグローバル企業のブランド力や、スイスの独立性や安全性という国としての「ブランド」を取り上げた。
振り返ると、この10年、スイス「ブランド」は様々な外圧にさらされた。シェンゲン協定など欧州連合(EU)との協定によって、EUとの一体感が強まり、スイス独自の仕組みを維持しにくくなった。米国などの圧力もあり、スイスの銀行の強さの秘密とも言われた「銀行守秘義務」も大きく後退した。
一方で、EUとの関係強化が進んだことで、世界の企業が欧州の中核拠点としてスイスに注目し、欧州本社などを置く動きが加速した。その際の決め手になったのは、生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)の高さや、安全性、多言語を話す優秀な人材を比較的容易に確保できることといった、スイスの強さ、いわば「ブランド力」だった。
いま、EUは試練に立たされている。英国がEUからの離脱を正式表明し、他の国でも反EUを掲げる政党が支持を伸ばしている。ひとつの大きな引き金はシリアなど中東地域からの難民の激増だった。難民の受け入れに積極的なドイツでは、町の体育館などが難民の一時収容施設になるなど、市民は膨大な難民の流入を肌身に感じることになった。反移民感情が高まり、再び国境を築こうと主張する政治家たちが台頭している。
100年以上にわたって国外からの移民を受け入れてきたスイスは、秩序だった外国人受け入れのルールが定着した国だったが、それでも移民の流入を制限すべきだという主張が強まった。難民や移民の受け入れに門戸を閉ざすようなことがあると、スイスという国家のブランドにとっては致命的な打撃になりかねない。
スイスの時計産業や化学産業の基礎が周辺国からの難民や移民によって築かれてきたことを、多くのスイス人政治家や実業家は知っている。スイスという国の多様性を今後も維持できるのかどうか、スイスにとっても正念場になるだろう。
一方で、他の欧州諸国が内向きになればなるほど、スイス本来の強さが生きてくるのも事実だ。欧州が混乱の時ほど、スイスの存在価値が高まる。金融が動乱すれば、信頼性が高いスイスの銀行に資産を預ける動きが強まったのはそんな昔の話ではない。
戦乱が欧州を覆った第二次世界大戦までさかのぼらずとも、金融危機の折にはスイスの通貨であるスイスフラン高が進んできた。旅行者にとってはスイスフラン高は物価高とイコールなので、気軽に訪問できなくなるが、長期的にはスイスの国力を示すことになる。
いま、チューリヒ湖の周りやレマン湖の周辺で不動産ブームを支えているのは、欧州の周辺国の資産家たちだ。EUに分断の動きが強まれば、自国に資産を置いておくリスクが高まる。そんな時に、財産の一部をスイスに移し、居住する家を確保しておきたい。そうした思いが背景にあるようにみえる。決して、不動産バブルに踊ってレジャーのための別荘を買っているわけではないのではないか。スイスという国のブランドとして最も強固な「安全・安心」を求める人たちがますます増えていくことになりそうな予感だ。
EU非加盟国でありながら、EU加盟国並みのメリットを享受するスイスは、ある意味、離脱を決めた英国が望む形でもある。EUとの「不即不離」は今後のスイスにとって最大の「ブランド力」になるかもしれない。
そういう意味では、日本人や日本企業は、まだまだスイスという国の本当のブランド力、底力に気づいていないようにみえる。日本企業の多くは、EUとの離脱交渉で混乱する可能性がある英国、とくにロンドンに、欧州本社を置いている。今後、これをどこへ移すのかが本格的に議論されることになるだろう。その際にスイスを選択肢に入れるのかどうか。スイスという国が持つ本当のブランドの意味を知っているかどうかで、その結論は変わって来るだろう。

元日本経済新聞社 チューリヒ支局長 磯山 友幸(いそやま・ともゆき)   
1962 年生まれ。早稲田大学政経学部卒。1987年日本経済新聞社入社。証券部記者、日経ビジネス記者などを経て2002年~2004年までチューリヒ 支局長。その後、フランクフルト支局長、証券部次長、日経ビジネス副編集長・編集委員などを務めて2011年3月に退社、経済ジャーナリストとして独立。 早稲田大学大学院非常勤講師、上智大学非常勤講師なども務める。

 

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